三宅島2000年噴火災害に対するボランティア活動として多くの皆様方のご支援に支えられ、今日に至りました。
三宅島は昭和期には約20年ごとに噴火を繰り返して世界的にも注目をされてきました。
それに対する被災者・三宅島島民の連帯と情報提供などを中心に活動をしてきましたが、2000年噴火から25年を経過した三宅島は一時気象庁発表で火山性地震が微弱に発生しましたが、その後変わりなく経過をしております。
2000年噴火が溶岩などは噴出せず長期にわたり火山ガス性の被害が続きましたが、それもわずかな量となり安定をしております。
2000年噴火は地震と火山ガスのみでマグマのパワーは少なくなり、20年周期や噴火の在り様も変わったとの兆候が見受けられます。
したがって、私たちふるさと再生ネットワークもこの経過を見守ってきましたが、かなりこれまでの形態とは変わったと見受けられます。
今後の再発について警戒をしながらここで一旦、当会の活動を令和7年12月末休止することを役員と相談しながら決定をしました。
当ホームページもこれをもって休止しますが、当分はこれまでのデータは残しておきたいと思っております。
このホームページ作成については、管理社・株式会社さくら会堂様、立ち上げは大妻女子大学干川剛史教授が中心となり学生の協力も得て、時を同じくして、向上高校OBによるDTPAが山田貴久先生の指導の下、「三宅島新報」の発刊(2006年1月1日)に至りました。
ホームページと三宅島新報の発刊は長く三宅島被災島民を励まし、広くマスコミ関係も注目し、数多くのテレビ・新聞報道がなされました。
東京から180㎞離れた小さな三宅島は、この二つの情報提供によって三宅島噴火災害が忘れ去られることもなく取り上げられ三宅島島民の連携と再生に大きな役割を果たしたと自負しております。
また、芸能関係の京町(みやこ)さん、舞踊家鶴吉さんなど協力も得て、各種イベントを盛り上げていただきました。
更に京町さんは神戸出身で阪神淡路大震災のこともあり、被災地との橋渡しをしていただきました。
このホームページは被災地情報発信の役割と重要性を再認識させることができたと思っております。
現在各地で、三陸沖地震など大震災が続いておりますが、被災地自身が様々な情報を発信する努力が大切なことを示したものとして今後の教訓として大きな存在であったと思います。
ここに改めて大妻女子大の干川教授、向上高校の山田先生、これらの活動に積極的に協力していただいた、櫻田昭正三宅島元村長、DTPA第二代会長の森啓予さん、事務局になったあすなろ保育園の保育士の皆様等々、感謝を致します。
ここに様々な協力をいただいた東京ボランティアセンター、神楽坂青空フェスタの関係者の皆様など含めてお礼を申し上げます。
私も全島避難時期には三宅島島民連絡会の会長、そして帰島後はふるさと再生ネットワークの立ち上げと、25年間微力ながら努力を重ねてまいりましたが、ここで一旦諸活動の休止を致します。
三宅島噴火災害にご支援をいただいたすべての皆様に感謝の意を表して、当ネットワークの休止を申し上げます。
皆様のご多幸を祈念してここに感謝を申し上げます。
令和7年12月31日
宅島ふるさと再生ネットワーク
会長 佐藤 就之
副会長 光安千久子
副会長 酒井 一豊
事務局長 板倉美紀子

