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NHKラジオ第1「ラジオあさいちばん・ニュースアップ」
2005/07/07

ラジオ出演とその内容

~ネット立ち上げでラジオ出演~

2005年7月7日早朝のNHKラジオ第1放送の「ラジオあさいちばん・ニュースアップ」というラジオ番組に佐藤会長が出演をいたしました。特に2月以降の三宅島の帰島の現状や、三宅島ふるさと再生ネットワークの課題と今後の取り組みについて話す機会がありました。ラジオ出演の内容を紹介します。


木村    7時20分になりました。今朝の「ラジオあさいちばん」は、木村知義と…。


遠田    遠田恵子がお伝えしています。


木村    「ニュースアップ」です。ことし2月に避難指示が解除された三宅島には現在、島民のおよそ半数が帰島しています、島に戻っています。しかし、今なお島に戻れない人や、家族が離ればなれになって暮らしている人なども数多く残されています。

こうした中で、これまで島の人たちの絆を何とかつなぎとめようと、三宅島ふるさと再生ネットワークがこのほど立ち上がりました。三宅島の現状や情報をかつての島民同士で共有化し、島の再生に向けて力を合わせようというものです。三宅島の今の様子、そして三宅島のふるさと再生の課題とは何か。今朝は三宅島ふるさと再生ネットワーク会長の佐藤就之さんに伺います。

佐藤さん、おはようございます。


佐藤    おはようございます。


木村     まず、三宅島の全島避難の解除から5カ月になるのですけれども、今の島の様子、あるいは暮らしを取り巻く環境はどんな状況なのでしょうか。


佐藤    三宅島に帰島するのにはガスとの共存ということがありました。問題の二酸化硫黄、CO2ですね。これが今、1日3,000トンから5,000トン出ているのです。そのために村のほうでは、高感度者と言われる喘息、心臓病、赤ちゃんなど影響の出る人々ですね、それから高濃度地区というガスの流れる地区がありますから、そういう地区の人たちのために警報を鳴らしているのですが、24時間、村のほうで警報が鳴りまして、全く戦時中の警戒警報発令を聞いているようだねということで私たちは参っているのです。これも安全のためということでやむを得ない事情もありますけども、そういう中での生活です。

しかし、普通の人は日常生活には影響はほとんどありません。そういう点では、特に弱い人たちですね、病気、喘息の人たちのために流しているということもありますので、警報だけがよく耳につくというような生活状態です。


木村    少しは暮らし、生活、お気持ちは落ち着かれたでしょうか。


佐藤    ようやく島に足が着いたなという感じですね。家屋も思いのほか被害が大きくて、大工さんを呼んだり、テレビのアンテナをつけたりということでいろいろしているのですが、なかなか修繕が進まないのです。一遍に帰ってきたものですから大工さんがいない、また品も不足をしているという状態で、2~3カ月もたってもなかなか家屋修繕が進まないという状態で今、困っております。


木村    皆さんの住宅の問題を含めて今お話が出ましたけれども、島に戻られた皆さんのいろんな努力をなさっている中で、復興の今の状況、段階について、佐藤さんはどんなふうに感じていらっしゃるのでしょうか。


佐藤    5月の連休には多くの釣りの人、それから若いダイビングの人たちが島を訪れてくれまして、島民のほうもこの7月末が最終決定の引っ越しの期限になりますから、2,000人近くが島に戻るのじゃないかと思います。それで今、本当に多くのボランティアの方々が全国から三宅島に来ていただいていまして、引っ越しの手伝い、庭の掃除、家屋の掃除ですね、そういうことをどんどんやっていただいて本当に助かって、笑顔を取り戻しております。

また、早くも畑などにキュウリ、トマト等を植えまして収穫をして、6月からは竹の子とりというのがあるのですが、島の人たちも海でタカベ、それからシマアジなどの漁もありまして、ようやく島らしくなってきたかなと。隣近所でそういうものを分け合って、避難前の島の共同体が復活しつつあるのじゃないかなと思っています。


木村    佐藤さんの今のお話で、少しは私たちもほっとするところもあるのですが、しかし、それでもその2,000人ほどの方が戻っていらっしゃるといっても、5年前の噴火に伴って皆さんが避難される前のほぼ半分ぐらいだということですね。その中で今度、三宅島ふるさと再生ネットワークを立ち上げられたのですが、これから何が皆さんが島に戻っていくための課題になるのでしょうか。


佐藤    特に、まだ帰島できない人も1,000前後おりますので、この人たちがようやく8月1日から15日間の間に新しい都営住宅に転居するとか、永住態勢に入るわけです。こういう人たちが島にまだ財産を残したり、お墓も残したり、親兄弟も残ったりということで、みんな問題を抱えて悩みを持ったまま、心配を持ったままで帰れない人がたくさんいるわけです。そういう人たちのために、やっぱり交流や情報の提供、それから特にコミュニティがここでもまた新たに解体されるような状態になりますので、それを再構築していくということが1点です。

それから、早く島の再生問題について、みんなで膝を交えて、特に行政との対話を通じて話を進めたい。

3つ目は、やっぱりまだ三宅島も火山の被災地でありますので、この現状を全国に発信して皆さんの支援をさらにお願いをしていきたい。そういうことを考えまして、ふるさとネットワークを立ち上げた状態なのです。


木村     この立ち上げたということを、まだ離ればなれになって避難なさっている皆さんに知らせるということから、もう一度ネットワークを再生しようと、こういうこともあるのでしょうか。


佐藤    そうですね。以前、避難中は全島民で三宅島島民連絡会というのがあったのですが、これは避難中の組織ということで解散をしました。あと戻りましてそれぞれで、農業の分野、または漁業の分野とさまざまなところでいろいろの研究会をつくったりして島民同士が再生の努力をしているわけですが、特に残る人たちが取り残されたのでは困るということで、引き続きそういうコミュニティを再建していきたいなと考えております。


木村    改めて今の様子を伺って、周りの行政も含めてやっぱり力強い支援も必要だということも痛感しました。どうもありがとうございました。


佐藤    どうもありがとうございました。よろしくお願いします。


木村    今朝の「ニュースアップ」、このほど立ち上がりました三宅島ふるさと再生ネットワークの会長の佐藤就之さんに伺いました。

 

 

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